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白い本の見えない文

季節の変わり目、彼と文字とに異変が起きた。
それに気づいた時、彼が目を擦りながら、「字が抜ける」と言ったのを覚えている。

あとの進行は速かった。
数日で、彼の開くページから、文字がざらざら流れ落ちるようになった。
「知識もデトックスに目覚めたか」彼は笑っていたが、その瞳には寂しさが宿っていた。

日々の会話に笑いはあったが、字を失っていく寂しさは晴れなかった。
彼は本を開くたび、ざらざら落ちる文字の音を聞かねばならなかった。

「鮮やかな逃走劇だ」彼は白くなった本をパンっと閉じた。
「マジックなら優勝」私の軽口に彼は、
「もう、最新のアートだよ。読めないからこそ、考えさせられるんだ」と、ジョークを交えて振舞った。

短い季節が終わる午後、ビールを分け合いながら「文字、在るものとして読んでみない?」と提案してみた。
白い本の見えない文を、知らない発声で読み上げる、そういうショーを開始する。
ソファーの上をステージに、身振り手振りをつけながら、初めて口にする響きをつなげていった。
発声も、解釈も、ただ私たちにだけ、わかればよかった。
私たちは、新しい発見の発表を、夢中になって続けていった。