Site Overlay

ある春の午後と書けば

 ある春の午後と書けば、ここに一つ、場所が生まれる。

 風が、筆となって丘の表層をなでている。
 風は起伏を型取り、筆談で綴るよう、流れた。

 流れは、揺れる木々や草花の動きに歌われ、美しい詩の調べとなって丘を移動していった。

 丘を二つ越えたころ、詩は、絵の具を溶いている画家をみつけた。
 詩は、画家の作品を愛でることにして、その周囲を吹いて回った。

「画家、画家、それどんな絵?雲?」
 詩は、風の姿のまま尋ねた。

 風に吹かれた画家は、目を細めた。
「ああ、私が雲になるときがきた。」

 風の中の詩心が、震えを伴って上空へ昇った。
 風という名の詩心は、画家の筆を助けるように、色彩の全てを上空へ運んだのだ。

 画家は吹かれる詩心を呼吸するたび、透明な空気の本当の色を知り、始まりとなるキャンバスへ絵の具をのせ、夕焼けと美しい雲を描き上げた。

 地上は一足先に夜へ没した。
 空には、まだ天幕の蓄光が透けるようにあって、裾の方から先に、赤や紫の色彩が織りなす色の幕が引かれていく様子が見られた。

「すごいすごい!」
 風は、二度、三度と、うねるような声をあげた。
「あなたの絵は、得てきた詩の響きを鮮やかに映してくれる!」

 今はもう雲となった画家が、感謝の言葉を述べた。
「君が詩でなければ、私の絵は単なる雲に過ぎなかったよ」

 いくつも丘を越えてくる風が、途切れのない詩を流し続けた。
 雲となった画家は、空に羽を広げるようにして、幻想的な自由を開いていった。

 彼らの共演に気づいた地上の人々は、それに気づいた順番で足を止め、光景が歌う詩の響きを心の中に写し始めた。
「最高に美しいトワイライトだ、そう思わないか? 」

 先行して夜へ没した町の底に、蛍光色のインクがこぼれ落ち、あちこちでネオン・サインが点り始めた。