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二階には飛魚がいて

 先週から家の二階に人がいる

 「お仕事してるんだから邪魔をしてはいけないよ」と 父様はいったけれど わたしには関係のないことだから 今日も覗きに行ってくる

 襖はいつも開いてて 机ひとつとペンと紙 ブルーブラックのインク壺
 それで自分を文士だなんていう

 バネ仕掛けのようにぴくぴく跳ねるペンを 白い紙に走らせながら 「今! この行の上で 全読者が居合わせているのです! 」と口走る

 文士さんの操るペン先は 跳ねる波頭の山を払い ぎらりぎらり 魚のように光りながら ぐんぐん紙面を進んでいった

「ほら ここ! ここを読んでる全読者が 同じ行の上にッ」
 インクは泳ぐ魚の影をなぞる
 原稿の桝に引っかかって跳ねると ヒレが紙面を引っ掻いて読点 着水すれば鋭く払われて 強い跡が残っていく

 ペンが 叩きつけられ 立ち上がった文士さんが叫んだ

「さぁ見なさいッ 同行の人! 」
 その勢いのまま窓まで歩き 部屋の障子戸を開け放った とたん「あッ」という声だけ部屋に残し 姿が見えなくなる

 駆け寄ったわたしは ぽっかり開いた窓から 沈む陽の中へ落下していく文士さんの 小さな影を見つけていた