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モノクロ金魚

 ガシャンと、かわいくない音立て、活字の凹凸が一匹、生まれて落ちた。

 自由に泳げる水なんてない、部屋の隅っこ。尖った尾ひれを、きしきし、動かし、でも
 それはかわいい、モノクロ金魚。
 名前はたとえば、本日の日付で、二月八日ちゃん。

 金魚を見おろしている私の、笑顔の明るさ、だいたい60ワット級。
 店を出すの。いらっしゃい。ちょっと暗めのお祭り屋台。遠縁の者の声が暗がりへ消える。
 裸電球は夜を、よりいっそう黒々と見せますけど、たとえば夜店の屋台を照らす夜にしか、こうは見えないし、こうは見られないのですよ。
「やあ、いらっしゃい」
 顔を伏せたまま、お客を見ている。少しだけ笑んでるの、本当に私か。まあ、いいか。
「金魚、金魚、モノクロ金魚。金魚すくいは、いかがです? 」って言うときも、見下ろす顔は60ワットクラスの表情です。

 はい、どうぞ。白紙ですくうの。便箋? それとも?
 そう、破ったりしないように気をつけて。

(────あの、この尖った黒い立体って、なんて読むんですか? )
「うんそれ、どこかの角度から見たときだけ、読めるの。でもかわいいでしょ、尾ひれきしきし動かして ──── 」

(────尾ひれ、何かとつながりたがってる。気がする)
「そうだよ。あ、気をつけて! モノクロ金魚、変異するのが得意なんだ ──── 」

 今夜は一匹買われて、静かな夜の店じまい。
 誰も乗らないソファに戻る。
 電気を消して、それからまぶたに残った星の、光と、光と、光とを、でたらめに結びつけ、夢見るような眠りにつきます。
(あの星座は、数字のない時計の針。あっちは、弓を引かれたような海岸線。それとこれは、日暮に夜の流れ出す谷折り線。と、これは夜を灯す電灯のスイッチ────)

 ばちん! と音がして、部屋に夜じゃない夜が点ってしまう。

 ほら! だから言ったよね。モノクロ金魚は、こういう何もかもに、なりかねないって。

 組み上がってた電灯のスイッチを外して、とめはね払いの向きを分けて、モノクロ金魚、しっかりとした箱に納めて。

 すると天井の影を破って、ガシャン。
 また一匹生まれたモノクロ金魚が、このページの下の角で、尖った尾ひれ、きしきし、動かし。

 ああ、やっぱりかわいいなモノクロ金魚。
 尾ひれはまだ、何語にかなる以前の、名前はきっと、そう、さっき日付の変わった、二月の────。