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夜をクジラと(動画版)

『夜をクジラと』動画版
初出:2013.6月 / webサイト(※別名義にて発表)

備考:こちらも10年前の短編(AIによる補助は無し)。こうして簡単なテキストアニメーションにしておくことで、3本だけファイルが残っていたため、アーカイブとして収載することにしました。旧作ですがお楽しみいただければ幸いです。

※以下にテキストを掲載しますが、動画と違う部分がある可能性があります


『夜をクジラと』


 夜のインターチェンジをぐるぐる回り、
 これでもかというほどぐるぐる回り、
 やがて真っ直ぐな道に出た。
 もう、その先には、朝がなかった。

 いい道だね、と僕は言った。曲がりはたおやかで、邪魔な対向車もなく
 それにオレンジ色のナトリウム灯が均等に並んで流れていく。
 悔いも労りもひと色の寝衣。
 寝かしつけるように照らしてくれる。
 対して君からの返事はなかった。見れば、いつの間にか
 眠ってしまった君の睫毛を、ナトリウム灯のオレンジが撫でている。
 もう、前方には、朝がないのだという。

 僕たちが出会った時のことを、いまも 昨日の事のように覚えている。
 けれども、そこから歩んできた道のりについて、
 昨日の事のようには、思い出せない。
 不思議なものだ、と僕は思う。
 出会った時のことは、昨日の事のよう なのに、
 今夜へと続いた長い道のりは、
 なんだか 遠い星を見上げるようにしか、思い返せない。

 水筒には、まだあたたかいお茶が残っていた。
 僕が選んで、君が淹れた。
 一口ずつ 含むと香る。
 前方には 大きなクジラの背を撫でるような、
 ハイウェイの アップダウンが続いている。
 深海にのまれない浮力の行き先を、ナトリウム灯の水滴が飾っている。
 いい夜だ。僕はもう一度思う。
 もう、次の朝は、やって来ないのだという。

 もし、少しくらいは ひどく見積もって、
 準備をしていたとしても、結果としては同じように、こうして道を
 走ってはいただろう。
 開くと 長さの違う指。ぎゅっと握ってみれば、揃う。
 握った手のひらを滑って、ゆっくりとハンドルが回る。
 行き先は、回るハンドルの一点を移動して 来て、
 ここになる。
 ここ以外の、本番はない。
 
 いい夜だ。クジラが深海の一番高いところを、悠々と泳いでいく。
 オレンジのしぶきが、星のかわりに、またたき
 数々の出来事を 思い起こさせる。
 遠い星を 見上げるように思い出すような、無数のこと。
 静かで、とてもいい夜だ。

 この道は朝に、つながっていない。が、沈んではいかない。
 ダイナミックで、とてもいい道だ。

 クジラが夜を、星とともに泳ぎ、
 僕たちは周囲で、小魚になって、キラキラと群れる。

───夜をクジラと