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消える靴下

最近、靴下が片方だけ消えている。新しい靴下を買っても、同じ現象が繰り返される。

出勤途中で、すれ違う人々の足元に目をやると、誰も彼も微妙に色の合わない靴下を履いていることに気づいた。

二階の職場でタイムカードを押し、席に着く。時間ギリギリで飛び込んできた後輩が「すみません」と言いながら、赤い顔をして横を通り過ぎた。
ふと目をやると、素足でパンプスを引っ掛けるように履いており、トラブルの末に選択したコーデといったふうに見て取れた。

十時頃だったろうか。部長が取引先の社長一緒に入ってきた時、誰もが一斉にその足元を見たのがわかった。かくいうわたしもその一人だったのだ。
「前の晩に言って、ひと揃い用意させたんだがな」「やはりそうですか。わたしも今朝は新しいものを準備して寝たんですが、どういう……」
二人の声が応接室の方へ遠くなり、そして聞こえなくなった。
誰かがぼそっと言った。
「ブーツでしたね」
それから口々に「部長なんか長靴じゃなかったですか? 」「雨降らないっすよ、今日」と、しばらく誰に向けるでもない会話が、空中に向かって発せられた。

仕事の手は止めず、独り言の集う会議室のように、この現象についての話が続いたが、誰も理由を説明できない。
「片方だけ、なくなるところを、見た人が、いるでもなし、か」と、わたしがつぶやいたところで、応接室のドアが開く音がし、皆、黙って仕事に戻った。

時計の針が、昼休憩まであと十五分というところまで進んだ。結局、消える靴下の謎は解けていない。
わたしは机の下に隠した自分の足を見た。紅白で、なんだかおめでたいその色分けを見て、「これで食べに出るのもなぁ」と悩みを深めていた。
口の中は、ちょっと良さげなフレンチの気分であるのに。